FC2ブログ

美空間InformationBlog

リフォーム・リノベーション&インテリアデザイン専門会社の美空間デザイン㈱のインフォメーションブログです。

TOP >  年中行事-室礼 >  端午の室礼

端午の室礼

img04 img03 img05

五月五日は、古来中国では重日思想(同じ数字、特に奇数の重なる月日は悪いことが起こりやすいという考え)から魔除をする日でした。
人々は野に出て薬草を摘んだり、よもぎで作った人形を家の戸口にかけるなどして穢れや厄災を祓ったといわれています。

日本では、元来女性の節供でした。五月は田植が始まる時期で早乙女(田植えをする少女)が家に籠って身を清め、田の神を迎え祭る風習があり、それが中国から伝来した風習と融合して、女性の節供として行われていたのです。

そして武家社会の鎌倉時代から江戸時代にかけて、菖蒲が尚武(武を尊ぶこと)に通じることから男子の無事、成長を願う男子の節供に変わって行きました 。

ちまきは戦国時代の携帯食料のなごりであり、また柏の木は新芽が出るまでは親の葉が枯れ落ちることなく守ることにちなみ、柏餅は親が子の無事を願う気持ちを表します。

この時期に結果する枇杷(びわ)は「将来実を結びますように」との親心が込められています。ゼラニウムは葵科の植物ですが、どんなにひどい日照りでも根が絶えないことから子孫繁栄の願いを込めています。

端午の室礼に欠かせない香菖蒲(かおりしょうぶ)。香りが強く、その香りで邪気を祓うと考えられていました。また端午の節供の室礼には、竹の子もよく用いられます。
岩をも砕いてまっすぐ天に向かって伸びてゆくたくましい姿に、子供達の成長を託します。(*室礼の兜は、奉書で折ったものです。)

img01 img01


img01

五月五日を代表する風物詩、鯉のぼり。
鯉のぼりが端午の節供に立てられるようになったのは江戸時代中期頃といわれています。 「鯉の滝登り」の故事にもあるように、男児の立身出世を願いがこめられています。
武家だけでなく町方でも行われていました。

一説によると、もともとは五色の吹き流しや幟の頂部についている風車や籠玉などに意味があり、神の招代とも忌み籠りの家の標示ともされていたといわれています。

コメント






管理者にだけ表示を許可する